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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)10585号 判決 1983年9月28日

原告

パテンツ・エンド・デベロープメンツ・エー・エス

被告

株式会社小坂研究所

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

1 被告は、別紙目録第1及び第2記載のポンプ装置を製造し、使用し、譲渡し、貸し渡し又は譲渡若しくは貸渡のために展示してはならない。

2  被告は、原告に対し、35,000,000円及びこれに対する昭和51年12月9日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  1、2につき仮執行の宣言

2 請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第2当事者の主張

1  請求の原因

1 原告は次の特許権(以下、「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有する。

発明の名称 ポンプ装置

出願日 昭和43年10月17日

公告日 昭和46年6月18日

登録日 昭和47年2月18日

特許番号 第635472号

2  本件発明の特許出願の願書に添附した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、別添特許公報の該当欄記載のとおりである。

3  本件発明の構成要件、目的・作用効果は次のとおりである。

(1)  構成要件

(1) 水力モータと

(2) 回転子と

(3) 前記水力モータと回転子とを連結する比較的短い駆動軸と

(4) 前記回転子の運動により吐出される流体貨物を船の甲板に導く導管と

(5) 前記流体貨物と流体モータの駆動媒質を確実に分離する地帯とを有してなり

(6) 前記地帯とは

(イ) 前記駆動媒質及び流体貨物の圧力よりも低圧であって、かつ前記圧力差の結果として前記媒質もしくは流体貨物の生じ得べき漏れ分をすべて受けるようにされるとともに

(ロ) その漏れ分の除去を制御する手段を備え

(7) また、前記地帯は

(イ) 排出室と

(ロ) 一端がこの排出室に、他端が大気に連通する減圧通路とを含み

(8) 前記排出室は、回転子とモータとの間において、駆動軸上に配置された第1組のパッキン及び第2組のパッキンの間におかれ、

(9) 第1組のパッキンは流体ポンプ媒質にたいする密封機素をなし、

(10) 第2組のパッキンは駆動媒質に対する密封機素をなすようにした

(11) 船の流体貨物のなかに設けて、これを送るためのポンプ装置

(2) 目的・作用効果

船内の流体貨物(例えば、高級ウイスキーやワイン、植物油から硫酸、燐酸、アンチノック剤等まで)の中にポンプ装置を入れてこれらを送る際、流体貨物内にモータ駆動媒質(モータ駆動油)が混入すると、例えばウイスキーやワインは飲用に供せられなくなり、船主は多大の損害を被る。また、硫酸やアンチノック剤がモータ駆動媒質に混入すると、甲板でバルブを操作する乗組員が危険にさらされることになる。したがって、流体貨物にモータ駆動媒質が入ることも、モータ駆動媒質に流体貨物が入ることも絶対に避けなければならない。本件発明は、この課題を解決するために提案されたもので、その目的及び作用効果は、モータ駆動媒質と汲み上げられる流体貨物とを確実に分離絶縁し、汲み上げられる流体貨物がモータ駆動媒質によって汚染されるのを防ぎ、また、モータ駆動媒質が汲み上げられる流体貨物によって汚染されることを防ぐようにしたことにある。すなわち、モータ駆動媒質と流体貨物の間に地帯を設けてこれら両者を分離しているので、例えば、動揺、腐蝕等の原因により、水力モータの圧力液循環パイプが破損してモータ駆動媒質が漏れた場合にも、駆動媒質は地帯の中に止まり、流体貨物の中へ漏れるのが防がれる。地帯の中へ漏れが生じる場合にも、地帯はモータ駆動媒質及び流体貨物の圧力よりも低圧に構成されているため、これらの漏れ分を受け入れるが、地帯の中に入った漏れ分は、より高圧のモータ駆動媒質又は流体貨物の方へは進み得ないので、これら両者の混合が避けられる。特に、駆動軸の部分は回転するため、この部分の気密を完全にすること、すなわち,漏れ分を絶無にすることは現在の技術をもってしては不可能である。そこで、駆動軸の部分については、地帯の一部として特に排出室を設け、この部分を減圧通路により大気に連通させている。更に、排出室を含む地帯の中へ漏れた漏れ分は、適当な漏れ分除去手段により除去される。

4  被告は、別紙目録第1及び第2記載のポンプ装置(以下、順次「被告第1装置」、「被告第2装置」といい、右各装置を総称して「被告各装置」という。)を製造、販売している。

5  被告各装置の構成、目的・作用効果

(1)  被告各装置には、別紙目録記載のとおり、止め弁14が設けられ、且つその取扱い説明書には地帯に加圧する旨の記載がみられる。

しかしながら、以下の事実に鑑みると、右止め弁14は飾りものにすぎず、被告各装置は、地帯に加圧しないで使用されるものといわなければならない。

(1) 被告各装置は、流体貨物に対する密封機素をなすパッキン9とモータ駆動油に対する密封機素をなすパッキン10を有し、しかもこれらのパッキンがメカニカルシールである以上、地帯に加圧しなくても使用され得るものであることは技術常識からみて当然のことである。

(2) 我国において現在製造販売されているメカニカルシールであって、被告各装置に使用されているタイプのものは、何れも漏洩側が大気圧で十分密封効果を生じるように設計されており、漏洩側に加圧して密封効果を高めなければならない必要性は全く認められない。

(3) 被告各装置の排出室への漏れ分が零である間は、シールが密封効果を奏しているのであるから、排出室への漏れ分を積極的に防止するため排出室を加圧する必要性はない。

(4) 本件発明においては、地帯は駆動媒質及び流体貨物の圧力よりも低圧に構成され、その結果、駆動媒質又は流体貨物の漏れ分は地帯の中に入ることができるが、その反対方向へは進むことができず、駆動媒質と流体貨物とは完全に分離される。これに対し、地帯に加圧して、地帯の圧力を駆動媒質よりは低圧であるが流体貨物よりは高圧にすると、駆動媒質の漏れ分は地帯から流体貨物の中へ進み、流体貨物が駆動媒質に汚染されるおそれが生ずる。

したがって、地帯に加圧して駆動媒質と流体貨物の混合の危険性を増加させるよりも、地帯に加圧しない状態で使用する方がずっと安全であり、経済的である。

(5) 被告各装置において、下部ケーシング7aで囲まれた空所は駆動媒質と流体貨物とを分離するために設けられたものであり、そこに流体貨物が漏れては困る理由はない。少なくとも、被告各装置においても駆動媒質は当該空所に漏れるのである。しかも、当該空所にはもれ分を除去する装置も設けられている。

(6) 被告各装置では、漏れ分の排出を排出室を加圧することによってなしているが、漏れ分除去手段が右のような構造であっても、排出室に加圧するのを漏れ分を検査ないし排出するときだけに限り、それ以外のときは排出室に加圧しない状態にしておくことは十分に可能である。この場合の漏れ分のチェックの仕様は次のとおりである。

① 流体貨物積込前

止め弁14は常時開いている。空気(又はガス)供給弁を開いて排出室を加圧し、排出室中の漏れの有無を調べる。調査後、供給弁を閉じる。止め弁14は常時開いているからライジングパイプ12により排出室は大気に連通し、供給弁を閉じた後は排出室は加圧されていない状態となる。

② 流体貨物積込後

空気(又はガス)供給弁を開き、排出室内の漏れの有無を調査し、調査後、供給弁を閉じる。止め弁14は常時開いているから供給弁を閉じた後は排出室は加圧されていない状態となる。

③ 航海中

右の②で漏れがあったときは、その量に応じ適当な間隔で漏れを排出する。その手順は②と同じである。この場合も止め弁14は常時開いているから供給弁を閉じた後は排出室は加圧されていない状態となる。

④ 流体貨物積降前

②と同じ手順で排出室内の漏れの調査、排出をする。この場合も止め弁14は常時開いているから、供給弁を閉じた後は排出室は加圧されていない状態となる。

⑤ 流体貨物積降中(ポンプ運転中)

運転開始一定時間後に漏れの調査を行い、漏れがあるときは、漏れ量によって排出時間を決め、②の手順で排出する。この場合も止め弁14は常時開いているから供給弁を閉じた後は排出室は加圧されていない状態となる。

⑥ 流体貨物積降終了後

漏れがあるときはそれを排出し、次いで供給弁を閉じる。止め弁14は常時開いたままである。

このように、被告各装置は漏れ分をチェックするときだけ、空気(又はガス)供給弁を開いて排出室に加圧すれば足り、それ以外のときは排出室に加圧しない状態で、完全な使用が可能である。

(7) 被告各装置の取扱説明書には、地帯に圧力をかけなかった場合や止め弁14を閉め忘れた場合に装置に何らかの支障が生じる旨の記載は全く見当らない。このことは、一方で地帯に圧力をかける場合2.5kg/cm2を超える圧力をかけるとメカニカルシールが破壊されるので、それを超えないようにするという注意が記載されていることと比較すれば、止め弁14を開いていても何ら支障が生じないからであると解さざるを得ない。

(8) 被告各装置の取扱説明書には、装置のメカニカルシールは、正規な状態で1ヶ所当り3~10cc/hの漏液があり、その漏液により摺動面の潤滑及び冷却がなされている旨の説明がなされており、駆動媒質側のパッキンばかりでなく、流体貨物側のパッキンについても漏液による摺動面の潤滑及び冷却がなされていることは明らかである。そして、このことは排出室の圧力が流体貨物よりも低圧になるよう構成されていることを意味する。なぜなら、排出室の圧力が流体貨物よりも高圧であれば、流体貨物の漏液が生じることはなく、したがって、流体貨物側のパッキンが潤滑、冷却されることはないからである。

(9) 被告第2装置の取扱説明書には、同装置が止め弁14を開いて運転される場合のあることが明記されている。

すなわち、同取扱説明書には「(4)ドライ運転をするとメカニカルシールの温度は約110~130度に達します。発火点の低い液体の荷役の場合には必要な冷却効果を得るため、不活性ガスを常時ポンプに供給して循環させること。如何なる場合もポンプのドライ運転はしないこと。(5)油圧モータの表面温度は作動油よりも摂氏10度高いという事実にかんがみポンプは循環する不活性ガスによる空気冷却を条件とすること。」との記載がある。

右の(4)、(5)の場合、不活性ガスを圧力管13から送入するに際しては、止め弁14を開いておかないとポンプ内の不活性ガスは移動(循環)しない。そして、止め弁14を開けば必然的にライジングパイプ12内の通路及び排出室を含め地帯は大気圧となる。

以上のことからすると、被告第2装置は、通常の用法において止め弁14を開いて運転さる場合があることが明確であり、このことは、とりもなおさず被告第2装置が常時地帯に加圧しないで使用できるものであることを示している。

よって、被告各装置の構成、目的・作用効果は、以下のとおりに解すべきである。

(2) 被告各装置の構成(番号は、別紙目録の第1図ないし第6図のそれを指す。)

(1)' 水力モータ1と

(2)' 羽根車(インペラー)4と

(3)' 前記水力モータ1と羽根車4とを連結する比較的短いシャフト3と

(4)' 前記羽根車4の運動により吐出される流体貨物を船の甲板に導く流体貨物排出管6と

(5)' 前記流体貨物と水力モータ1の駆動油を確実に分離する地帯とを有してなり、

(6)' 前記地帯は

(イ)' 前記駆動油及び流体貨物の圧力よりも低圧であって、かつ前記圧力差の結果として前記駆動油もしくは流体貨物の生じ得べき漏れ分をすべて受けるようにされるとともに

(ロ)' 排出室11内に連通し、該室に加圧した気体を送る圧力管13と、一端が排出室11の底部近傍に開口し、他端が船舶本体に設けられたスロップタンク中に開いた止め弁14を介して開口するライジングパイプ12とを備え

(7)' また、前記地帯は

(イ)' 排出室11と

(ロ)' 一端がこの排出室11の底部近傍に開口し、他端が船舶本体に設けられたスロップタンク中に、開いた止め弁14を介して開口するライジングパイプ12内の通路とを含み

(8)' 前記排出室11は、羽根車4とモータ1との間において、シャフト3に配置されたパッキン9及びパッキン10の間におかれ

(9)' パッキン9は流体貨物に対する密封機素をなし

(10)' パッキン10はモータ駆動油に対する密封機素をなすようにした

(11)' 船の流体貨物の中に設けて、これを送るためのポンプ装置

(3) 被告各装置の目的・作用効果

被告各装置の目的及び作用効果は、モータの駆動媒質(水力モータ1の駆動油)と汲み上げられる流体貨物とを確実に分離絶縁し、汲み上げられる流体貨物がモータの駆動媒質によって汚染されるのを防ぎ、また、モータ駆動媒質が汲み上げられる流体貨物によって汚染されることを防ぐようにしたことにある。すなわち、モータ駆動媒質と流体貨物の間に地帯を設けて、これら両者を分離しているので、何らかの原因により水力モータの圧力液循環パイプ等が破損して駆動媒質が漏れた場合にも、駆動媒質は地帯の中に止まり、流体貨物の中へ漏れるのが防がれる。そして、地帯の中へ漏れが生じる場合にも、地帯はモータ駆動媒質及び流体貨物の圧力よりも低圧に構成されているため、これらの漏れ分を受け入れるが、地帯の中に入った漏れ分は、より高圧のモータ駆動媒質又は流体貨物の方へは進み得ないので、これら両者の混合が避けられる。シャフト3の部分については、地帯の一部として排出室11を設け、ライジングパイプ12により大気に連通させている。また、排出室11を含む地帯の中へ漏れた漏れ分は、ライジングパイプ12及び圧力管13により除去される。

6  本件発明の構成要件、目的・作用効果と被告各装置の構成、目的・作用効果との対比

(1)  被告各装置の構成(1)'は、本件発明の構成要件(1)と同一である。

(2)  本件発明の構成要件(2)にいう「回転子」とは、遠心ポンプの回転子であり、被告各装置の構成(2)'の「羽根車4」も遠心ポンプの回転子であるから、両者は同一である。

(3)  被告各装置の構成(3)'の「水力モータ1と羽根車4とを連結する比較的短いシャフト3」は、本件発明の構成要件(3)の「水力モータと回転子とを連結する比較的短い駆動軸」に当たり、両者は同一である。

(4)  被告各装置の構成(4)'の「流体貨物排出管6」は、本件発明の構成要件(4)の「導管」に当たり、両者は同一である。

(5)  被告第1装置における下部ケーシング7aによって形成される室及びライジングパイプ12内の通路からなる地帯、並びに被告第2装置における上部ケーシング7cによって形成される室、該室と通じている中間ケーシング7bによって形成される室及び該室と逆止弁15を介して連通する下部ケーシング7aによって形成される室並びにライジングパイプ12内の通路からなる地帯は、いずれも本件発明の構成要件(5)の地帯に該当し、右構成要件を充足する。

(6)  被告各装置の構成(6)'(イ)'も本件発明の構成要件(6)(イ)も「駆動媒質及び流体貨物の圧力よりも低圧であって、かつ前記圧力差の結果として前記媒質もしくは流体貨物の生じ得べき漏れ分をすべて受けるようにされる」点で全く同一である。

(7)  被告各装置の構成(6)'(ロ)'は、「排出室11内に連通し、該室に加圧した気体を送る圧力管13と、一端が排出室11の底部近傍に開口し、他端が船舶本体に設けられたスロップタンク中に、開いた止め弁14を介して開口するライジングパイプ12とを備え」という構成で、該圧力管13から排出室11に圧力気体を送って排出室11の下に溜った漏れ分をライジングパイプ12を通じて除去するので、(6)'(ロ)'は「その漏れ分の除去を制御する手段」に相当し、本件発明の構成要件(6)(ロ)を充足する。

なお、漏れ分の除去を制御する手段として、本件明細書には,実施例として、液体排出用吸い上げ装置が記載されているが、右装置に限定されるものではない。右装置も被告各装置の漏れ分除去制御手段も、共に圧力差を利用して漏れ分を除去しようとする点で同じである。

さらに、被告第2装置においては、排出室が上部ケーシング7c及び7bによって形成される室及び該室と通じている中間ケーシング7bによって形成される室と一応仕切られているが、右の仕切りには逆止弁15が設けられており、ケーシング7c及び7bによって形成される室の圧力が排出室よりも高圧になったときは逆止弁15が開いて仕切りの上下が連通し、仕切りの上部に漏れた漏れ分は、逆止弁15を通って下の排出室の中へ落下するから、仕切りの上部のケーシング7c及び7bによって形成される室も漏れ分除去手段を備えているといえる。

(8)  被告各装置の構成(7)'(イ)'は、本件発明の構成要件(7)(イ)と同一である。

(9)  本件発明の構成要件(7)(ロ)の「減圧通路」とは、一端が大気に通じ、その他端が排出室に通じた通路のことである。その機能・目的は、排出室、地帯の圧力を駆動媒質及び流体貨物よりも低圧に保つことであり、かかる機能・目的は、駆動媒質及び流体貨物の圧力が大気圧よりも高圧であることに鑑み,排出室、地帯を減圧通路により大気に連通させることによって達成される。もし排出室が大気に連通しないで密閉されていると、例えば、駆動媒質が排出室に漏れ続けた場合には、排出室内部の圧力が上昇して流体貨物の圧力を上廻ることもあり得る。しかし、排出室が減圧通路により大気に連通していれば、圧力は減圧通路を介して大気中へ逃げるから(減圧通路なる用語が用いられる理由はここにある。)排出室が大気圧よりも高圧になることはない。

一方、被告各装置においては、ライジングパイプ12に設けた止め弁14を開けば、排出室はライジングパイプを介して大気に連通するので、右ライジングパイプが減圧通路に相当する。特に、漏れ分を除去する場合にも、圧力管13から排出室に供給された圧力ガスはライジングパイプ12から大気中に逃れ、それによって排出室の圧力を大気圧に近づけるように減圧するのであるから、右ライジングパイプが減圧通路に相当することは明確である。

したがって、被告各装置の構成(7)'(ロ)'は、本件発明の構成要件(7)(ロ)を充足する。

(10)  被告各装置の構成(8)'ないし(11)'は、いずれも、それぞれ本件発明の構成要件(8)ないし(11)と同一である。

(11)  本件発明も被告各装置も、共に、モータ駆動媒質と流体貨物とを確実に分離絶縁することによって、両者の混合による汚染を防ぐことを目的とする点で同じである。

作用効果については、被告各装置の地帯は駆動媒質と流体貨物の間に設けられて両者を分離しており、しかもその圧力が駆動媒質及び流体貨物よりも低圧に構成されているのでその漏れ分を受け入れるが、受け入れられた漏れ分は駆動媒質及び流体貨物の方へは進み得ず、両者の混合が避けられる点で本件発明の作用効果と同じである。また、地帯の中へ漏れた分をライジングパイプ12及び圧力管13により除去するようになっている点でも本件発明の作用効果と同じである。

(12)  以上のとおり、被告各装置は、いずれも本件発明の構成要件を充足しており、目的及び作用効果の点においても同一であるから、本件発明の技術的範囲に属する。

7  仮に、被告各装置が、地帯の圧力を駆動媒質よりは低圧にし流体貨物よりは高圧にするという構成であり、このような構成でのみポンプとして機能するとしても,右の構成は本件発明の不完全利用ないし改悪実施形態として評価さるべきもので、本件発明の技術的範囲に属する。

すなわち、本件発明は、流体貨物が駆動媒質に汚染され又は駆動媒質が流体貨物に汚染されるのを防ぐことを目的とし、このため、駆動媒質と流体貨物の間に「地帯」を設けてこれら両者を分離し、かつ、地帯の圧力を駆動媒質及び流体貨物よりも低圧にし、これによって、「地帯」は漏れ分を受け入れるが、その中に入った漏れ分は、より高圧の駆動媒質又は流体貨物の方へは進み得ないようにし、両者の混合を避けるようにしている。一方、被告各装置も、流体貨物が駆動媒質に汚染され又は駆動媒質が流体貨物に汚染されるのを防ぐことを目的とし、このために、駆動媒質と流体貨物の間に「地帯」を設けてこれら両者を分離する構成を採用している。

ところで、地帯の圧力については、このようなポンプ装置が流体貨物と駆動媒質との混合を避けることを究極の目的としている以上、本件発明の構成すなわち地帯を駆動媒質と流体貨物の圧力よりも低圧にした構成が最も優れていることは明らかである。被告各装置のように地帯に積極的に加圧して、地帯の圧力を駆動媒質よりは低圧であるが流体貨物よりは高圧であるという構成にした場合には、駆動媒質の漏れが地帯を経由して流体貨物の中へ混合するおそれが生ずるのであって、本件発明の右構成に比べ作用効果は劣り、しかも加圧による格別の作用効果もない。

したがって、被告は、本件発明の作用効果を低下させる以外には他に何ら優れた作用効果を伴わないのに、専ら権利侵害の責任を免れるために本件発明の構成要件のうちの一部を前記構成と置換した技術を用いて本件発明の実施品に酷似した被告各装置を製造したもので、右行為は本件発明の構成要件にむしろ有害的事項を付加してその技術思想を用いることにほかならず、本件発明の保護範囲を侵害する。

8  被告は、被告各装置が、いずれも本件発明の技術的範囲に属するものであることを知りながら、又は過失によりこれを知らないで、昭和50年10月ころから被告各装置を製造し、訴外三重造船株式会社、同渡辺造船株式会社等に対し、少なくとも代金総額140,000,000円で20台以上販売し、合計35,000,000円の利益を得ており、原告は、被告の本件侵害行為により、被告の右利益額に相当する損害を被った。

9  よって、原告は、被告に対し、被告各装置の製造、使用、譲渡、貸し渡し、譲渡若しくは貸し渡しのための展示行為の差止めと不法行為に基づく損害賠償として35,000,000円及びこれに対する不法行為の後である昭和51年12月9日から支払ずみまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 請求原因に対する被告の認否

1 請求の原因1ないし4の事実は認める。

2 同5(1)の事実は否認する。(2)のうち、被告各装置が(1)'ないし(4)'、(8)'ないし(11)'の構成を有することは認めるが、その余の構成を有することは否認する。(3)のうち、目的の点については認めるが、作用効果の点については否認する。

3 同6(1)ないし(4)、(8)、(11)は認める。(5)ないし(7)、(9)、(12)は否認する。(11)のうち、目的の点については認めるが作用効果の点は否認する。

4 同7、8は否認する。

3 被告の主張

1 本件明細書の特許請求の範囲の記載から明らかなとおり、本件発明における「地帯」とは、流体貨物と駆動媒質を確実に分離するための地帯であり、駆動媒質もしくは流体貨物の生じ得べき漏れ分をすべて受けるようにされるとともに、その漏れ分の除去を制御する手段、すなわち漏れ分除去手段を備えていることを要するものとされている。

この見地から被告各装置をみるに、ケーシリング7aによって形成される排出室の他、中間ケーシング7bによって形成される室及び上部ケーシング7cによって形成される室を含めなければ本件発明にいう地帯に相当する範囲を正しく把握したことにならないことが明らかである。

しかるに、被告第1装置においては地帯に含まれるケーシング7aによって形成される排出室11と中間ケーシング7bによって形成される室と上部ケーシング7cによって形成される室とはそれぞれ完全に仕切られていて連通しておらず、ケーシング7b及び7cによって形成される各室は、いずれも駆動媒質の漏れ分の一部を受けるにとどまり、かつ右各漏れ分を除去するための手段を備えていないから、本件発明の地帯とは異った構成からなるものといわなければならない。

また、被告第2装置においては、地帯に含まれる下部ケーシング7aによって形成される排出室11と上部ケーシング7cによって形成される室と通じている中間ケーシング7bによって形成される室が逆止弁15を介して連通しているが、右逆止弁15は、ケーシング7b内に漏れ分がたまったか否かということとは無関係に、中間ケーシング7bによって形成される室と排出室との間で圧力差が生じた時だけ開き、圧力差が無くなれば閉じるものであって、ケーシング7b及び7cによって形成される各室は、いずれも駆動媒質の漏れ分の一部を受けるにとどまり、右各漏れ分を除去するための手段を備えていないから、これまた本件発明の地帯とは異った構成からなるものといわなければならない。

2(1) 本件発明は、船の流体貨物の中に設けて、これを送るポンプに関する発明であって、駆動媒質及び流体貨物の漏れが生ずることを不可避なこととし、その漏れ分をすべて受け、かつ漏れ分が逆流して駆動媒質や流体貨物を汚染することがないようにするために地帯の圧力を駆動媒質及び流体貨物のいずれよりも低圧にする構成を採用しており、右の点に本件発明の特徴的な技術思想が存する。

これに対して、被告各装置は、地帯の圧力を駆動媒質よりは低圧であるが流体貨物よりは高圧に維持する、という構成を採用することによって、流体貨物についてはその漏れ自体を無くし、駆動媒質については駆動媒質と地帯との圧力差を少なくすることによってその漏れを相対的に少なくしようとする技術思想に基づくもので更にあり得べき漏れについては、排出室11の底部に大きな窪みを設けることによって駆動媒質と流体貨物の汚染を防いでいる。

以上のように、被告各装置の地帯の圧力条件に関する構成は本件発明のそれとは全く異なっており、両者は、そのよってたつ技術思想を異にする。

(2) 原告は、被告各装置の止め弁14は飾りものにすぎず、被告各装置は地帯に加圧しないで使用される旨主張している。

しかしながら、被告各装置において、止め弁14が開き、かつ圧力管が閉じられているのは流体貨物をつんでいないとき、すなわち、本件発明の構成要件と対応していない状態においてだけであって、本件発明が地帯の圧力条件を流体貨物を積込んだ状態で規定している以上、右の状態に対応させて流体貨物を積込んだ状態における被告各装置の地帯の圧力条件を特定すべきである。右の状態においては、被告各装置の止め弁14は閉じられ、地帯の圧力は流体貨物より高圧で、かつ駆動媒質よりは低圧に維持されているから、被告各装置は本件発明と地帯の圧力条件に関する構成を異にしている。

3 本件発明においては、「地帯」を「駆動媒質および流体貨物の圧力よりも低圧」とし、「前記圧力差の結果として前記媒質もしくは流体貨物の生じ得べき漏れ分をすべて受けるようにされる」態様をもってその構成要件とし、右の「低圧」状態を前提として「その漏れ分を制御する手段を備え」ることを特許請求の範囲において明記している。そして、発明の詳細な説明においても「排出室、減圧通路およびこれと関連する漏れ分除去手段すなわち吸い上げ装置」(別添公報第4欄35-36行)、「液体排出用吸い上げ装置を備える。71は大体垂直におかれた吸い上げパイプであって」(同第9欄24行ないし26行)との記載があり、また、実施の態様をまとめた説明中にも「送り管に連接した末端はまた吸い上げパイプに連接し、この吸い上げパイプの取り入れ口は排出室の水準に位置しているようにしたポンプ装置」(同第10欄30行ないし33行)との記載がある。以上のことからすると、本件明細書中に「減圧通路」についての定義はなされていないものの、それは、大気圧ではなく積極的に圧力を減じた減圧状態の通路と解さなければならず、そのため、もれ分除去手段としては、「液体排出用吸い上げ装置」により「減圧通路」を通して吸い上げ排出する方法を本件発明は採用したのである。

このことは、論理的にも実証されるところである。すなわち、排出室の漏れ分を押し上げ方式によって除去するためには、排出室から甲板までの高さに相当する圧力を排出室にかけることが必要であり、その高さは、いつの場合でも流体貨物の高さより常に高いわけであるから、その間排出室の圧力は流体貨物より高圧になってしまい、排出室の圧力が流体貨物より低圧である条件下で排出室の漏れ分を押し上げ方式で除去することは不可能であるからである。

これに対し、被告各装置は、地帯の圧力を流体貨物よりも高圧にし、ライジングパイプ12を止め弁14を介してスロップタンク中に開口させる方法を採用し、漏れ分の除去は高圧による押出排出方法を採用している。仮に、原告が主張するように、止め弁14を常に開いて止め弁としての機能を不要とし、排出室の圧力を漏れ分の排出時以外は加圧しないで大気圧としても本件発明における減圧通路と通じている排出室とは異なり、また、漏れ分の排出方法も前記のとおり異なっているのであるから、原告の主張による被告各装置の使用態様による構成をとっても、なお、本件発明の構成とは異なる結果となる。

原告は、本件発明における液体排出用吸い上げ装置も、被告各装置の押出式による排出装置も、漏れ分除去手段として共に圧力差(排出室の方が高圧である。)を利用して漏れ分を除去している点で全く同じである旨主張しているが、圧力差という抽象的上位概念は共通しても、下位概念の具体的排出手段において両者は全く異なる。すなわち、本件明細書に記載された液体排出用吸い上げ装置は、排出室の圧力が液体貨物より低圧のため、更に低圧の部分をつくって漏れ分を吸い上げるものであるが、被告各装置の漏れ分除去制御手段は、排出室の圧力を流体貨物より高圧に保った状態で押し出し排出するものであって、排出手段として本件発明とその手段を異にしている。

結局、漏れ分の除去を制御する手段においても、被告各装置は本件発明の構成要件を具備しない。

4 原告は、被告各装置の地帯の圧力が被告主張のとおりだとしても、被告各装置は、本件発明の不完全利用ないし改悪実施形態としてのその技術的範囲に属する旨主張する。

しかしながら、本件発明は漏れが多少増えてもその分離を完全にしようとする技術思想に基づくものであるのに対し、被告各装置は漏れをできるだけ無くそうとする技術思想に基づいているのであって、この根本的な相違から両者は異なった構成により異なった効果を奏する異質のものと理解されるべきである。しかるに、原告は、右の点を無視して、被告各装置における作用効果は格別の作用効果として積極的に評価できないというのであるから、原告の右主張は明らかに誤りである。

第3証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

1  請求の原因1、2の事実は当事者間に争いがなく、右当事者間に争いのない本件発明の特許請求の範囲の記載と成立に争いない甲第2号証(本件特許公報、別添特許公報と同じ。)によると、本件発明の構成要件は、請求原因3(1)の(1)ないし(11)からなるものと認められる。

2  請求の原因4の事実は当事者間に争いがない。

そして、本件発明の構成要件(5)ないし(7)にいう「地帯」がどの範囲をいうかは別にして「排出室」を含むことは特許請求の範囲の記載から明らかであり、被告各装置の排出室11が右「排出室」に該当するものであることは被告もこれを認めて争わないところである。

被告は、本件発明では、排出室を含む地帯の圧力が駆動媒質及び流体貨物よりも低圧になるように構成されていることがその構成要件((6)(イ))となっているのに対し、被告各装置では、排出室11の圧力は駆動媒質よりは低圧であるが流体貨物よりは高圧に維持する、という構成を採用しており、本件発明とはそのよってたつ技術思想を異にし、被告各装置は本件発明の構成要件(6)(イ)を充足せず、その技術的範囲には属さない旨主張しているので、以下、右の点について検討する。

1 成立に争いのない乙第1号証及び弁論の全趣旨によると、被告は被告第1装置についての取扱い説明書を作成して配布しており、右取扱い説明書には、

(1)「2、構造について」と題して、「メカニカルシールはダブルシールとなっており、一つはカーゴオイルに他の一つは作動油に対して設けられ、その間には広い油溜めがありメカニカルシールよりの漏液は一時この中に溜められます。この漏液は、エアー又はガス圧力により間歇的に押し出されます。又、エアー又は不活性ガスをこの空所に封じ込め

羽根車背圧≦メカニカル空所圧力<軸受箱内作動油圧力

という関係を成立させる事により基本的な漏れ量を0としています」との記載が、

(2)「4、リーク油排出機構の使用方法」と題して、左の系統略図が示され、

「供給GAS又は空気は最大圧力2.5Kとして下さい。これをこえますとメカニカルシールが破損することがあります。」「方法は、バルブ2を開き次でバルブ1を開き中に溜った漏液油を間歇的に排出します。終了後、バルブ2を閉じ次いでバルブ1を閉じます。この時一時的にこの中の圧力2.5Kになりますが、徐々に羽根車背圧と同一になるまで下がって来ます。羽根車背圧より高くすることにより漏液を減少するよう設計されていますのでバルブ操作順序は守って下さい。」「この空間の容積は約30lありますのでメカニカルシールが正常な状態では1回の荷役を10時間として途中1回やれば良い事になりますが、摺動面の荒れ又はぬれ角の小さな液体を荷役する場合は漏液量が多くなりますので運転開始後0.5~1時間後に1回行いその量より1回の排出量は10lを超える事のないように次の時間を決定して下さい。」との漏液の排出方法についての記載が

あることが認められる。

2 いずれも成立に争いのない甲第4、第12号証、乙第5号証および弁論の全趣旨によると、被告は、被告第2装置についてのパンフレット及び取扱い説明書を作成して配布しており、右パンフレットには前記1(1)と同旨の記載がある他、「尚、ポンプを使用しない時にも漏液をなくすため各部の圧力をバランスさせる機構もそなえています。」との記載があり、右取扱い説明書には前記1(2)と同旨の記載(ただし、空間の容積は「10l」であり、1回の排出量は「3l」である。)がある他、

(1)「4-3海上に於ける取扱い手順」と題して、「積荷完了後、一度リークチェックを行い、上述の要領に従って排出機構の漏液槽の内圧を2.5kg/cm2にした上でポンプに連結する周囲の小パイプ上の全てのバルブを閉めます。」「上記に示唆された手順に鑑み、システム内部の圧力均衡は満足に維持され、メカニカルシールから偶然的な漏れの起こりうる場合でも、その漏液の或る分量は圧力均衡をくずすことなく漏液槽の中に落ちるのでポンプ設計の精巧さから、決して汚染がおこりません。」との記載が、

(2)  「5-1-1操作順序(注意事項)(4)」として「ドライ運転をするとメカニカルシールの温度は約110~130℃に達します。発火点の低い液体の荷役の場合には必要な冷却効果を得るため、不活性ガスを常時ポンプに供給して循環させること。如何なる場合もポンプのドライ運転はしないこと。」との記載が、「(注意事項(5)」として「油圧モーターの表面温度は作動油よりも10℃高いという事実にかんがみ、ポンプは循環する不活性ガスによる空気冷却を条件とすること」との記載が

あることが認められる。

3  前掲甲第4、第12号証、乙第1、第5号証及び弁論の全趣旨によれば、前記被告各装置についての取扱説明書にいう軸受箱内作動油圧力、羽根車背圧とは、それぞれ本件発明にいう駆動媒質の圧力、流体貨物の圧力と同意義であることが(メカニカル)空所圧力とは、本件発明にいう地帯に含まれる排出室の圧力と同意義であることが認められ、また、被告各装置の構造を表示するものであることについて当事者間に争いのない別紙目録の記載によれば、被告第1装置には排出室11の天井部近傍に開口し該室に加圧した気体を送る圧力管13と一端が排出室11の底部近傍に開口し他端が船舶本体に設けられたスロップタンク中に開口するライジングパイプ12があり、右ライジングパイプ12には止め弁14が設けられていることが、被告第2装置には排出室11内に連通し該室に加圧した気体を送る圧力管13と一端が排出11の底部近傍に開口し他端が船舶本体に設けられたスロップタンク中に開口するライジングパイプ12があり、右ライジングパイプ12には止め弁14が設けられていることが、それぞれ認められる。

4  以上1ないし3の事実からすれば、本件発明が排出室を含む地帯の圧力を駆動媒質及び流体貨物のいずれよりも低圧にすることにより、生じ得べき漏れ分を全て受け入れるという構成を採用しているのに対し、被告各装置は、排出室11を駆動媒質の圧力により低圧であるが流体貨物の圧力と同圧かそれより高圧に保持するという構成を有しており、右構成を有することにより前記取扱い説明書記載のとおりの効果を有しているものと認められる。

5  原告は、請求の原因5(1)(1)ないし(9)記載の事実を指摘して、被告各装置の止め弁14は飾りものにすぎず、被告各装置は排出室11を含む地帯に加圧しないで使用されるものである旨主張する。

右(4)の指摘は、地帯の圧力を駆動媒質よりは低圧で流体貨物よりは高圧にすると駆動媒質の漏れ分が地帯を通じて流体貨物の中へ進んで流体貨物を汚染する可能性がある、との趣旨であるが、別紙目録の図面第2図及び第5図によれば、被告各装置の排出室11の底部には窪みが設けられており、この事実と前記1(2)、2で認定したように、前記各取扱い説明書には排出室11の圧力は一時的には流体貨物よりも高圧の場合があるがやがて均衡を保つようになっている旨の記載があることに照らせば、原告の前記指摘は直ちに首肯することはできない。

(6)の指摘は、被告各装置は排出室11を加圧しない状態で十分に使用できるというものであるが、被告各装置が右の状態で現に使用されていることを認めるに足る証拠はなく、また、右方法は本来使用を予定した構造の一部(止め弁14)を使わずにおいて、しかも排出室11の圧力を流体貨物よりも高圧あるいは同圧に維持することにより漏れを少なくするという被告各装置の効果を排除する方法でのより劣る効果を生ずるものとしての使用であり、被告各装置の本来の使用方法とみることはできず、原告の右指摘も失当である。

(8)の指摘は、被告各装置の各取扱い説明書には被告各装置のメカニカルシールは、正規な状態で1ヶ所当り3~10cc/hの漏液があり、その漏液により摺動面の潤滑及び冷却がなされる旨の記載かあり、右記載は被告各装置の排出室11の圧力が流体貨物よりも低圧になるよう構成されていることを意味するというものである。前記乙第1、第5号証によれば、被告各装置の。各取扱い説明書中に原告主張の記載が存することは認められるが、この記載はメカニカルシールの摺動面の潤滑及び冷却が必要な装置の稼働時についてのものであることが明らかであり、装置の稼働時にはシャフト3の回転による遠心力等によってメカニカルシールの内側から外側へ流体を流動させようとする力が発生するので、排出室11の圧力が流体貨物より高圧であっても、この圧力差によりメカニカルシールの外側から内側へ流体を流動させようとする力に比べ、右の遠心力等による力の方が大となって、メカニカルシールの内側に存在する流体貨物が外側の排出室11に向って流動して漏液を生じ、この漏液によってメカニカルシールの摺動面が潤滑及び冷却されることは容易に推測し得るところであるから、右取扱い説明書の記載をもって被告各装置の排出室11の圧力は流体貨物よりも低圧になるよう構成されている証左と解することはできない。

さらに原告は(9)として、被告第2装置の取扱い説明書に「発火点の低い液体の荷役の場合には必要な冷却効果を得るため、不活性ガスを常時ポンプに供給して循環させること」等の記載があることをとらえて、右の場合には止め弁14を開いておかなければならず、そうすると必然的にライジングパイプ12内の通路及び排出室11を含む地帯は大気圧になるとし、被告第2装置は通常の用法においても止め弁14を開いて運転される場合があり、このことはとりもなおさず被告第2装置が常時地帯に加圧しないで使用し得るものであることを証明していることとなる旨主張しているが、冷却の為に不活性ガスを供給して循環させる際には、その注入量と止め弁14を開いて放出する放出量とのバランスを当然考慮し、排出室11を含む地帯の圧力をライジングパイプ12の開口部より高圧とし、また不活性ガス供給源の圧力を排出室11を含む地帯よりも高圧とし、それらの圧力差によって不活性ガスを循環させるのであって、排出室11の圧力が当然の如く大気圧になることはないと認められる。よって原告の右主張も根拠がない。

原告は、右各主張の他請求の原因5(1)(1)ないし(3)、(5)ないし(7)の記載の事実を指摘しているが、右指摘をもってしても被告各装置の排出室11の圧力が駆動媒質よりは低圧であるが流体貨物よりは高圧あるいは同圧に保持される構成になっているという前記認定を覆すことはできず、被告各装置の止め弁14をもって飾りものにすぎないものとし、被告各装置は、いずれも排出室11を含む地帯に加圧しないで使用されるものであるとする原告主張事実を認めるに足る証拠はない。

6  原告は、請求の原因7において、いわゆる不完全利用論(改悪実施論)によって、本件発明の構成に欠くことができない事項として本件明細書の特許請求の範囲に記載された事項のうち、地帯は駆動媒質及び流体貨物の圧力よりも低圧にするという構成を被告各装置が具備していなくても、他の構成を具備する以上被告各装置はなお本件発明の技術的範囲に属すると評価すべきであると主張する。しかしながら、このような考えを容認することは、明細書の特許請求の範囲に記載されている事項中には、当該発明の構成に欠くことができない事項の他、当該発明の構成に必須でない事項があることを認める結果となり、特許法が特許請求の範囲には発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない旨規定し(同法第36条第5項)、右違反は拒絶査定の理由及び特許無効の理由になるものとしている(同法第49条第3号、第123条第1項第3号)趣旨に反するし、また、出願過程においては、当該発明の構成に欠くことができない事項としてある事項を明細書の特許請求の範囲に記載して、出願人自らが発明として保護を受ける範囲を確定し、かかる明細書の記載に基づいて特許庁における審査を経て、出願公告、特許登録を受けながら、当該発明にかかる特許権を行使する段階に至るや、卒然、右の事項は当該発明の構成に欠くことのできない事項ではなかったと主張し、公開された特許公報に客観的に公示された当該発明の特許請求の範囲の記載の一部を無視して技術的範囲を確定することを許す結果になり、特許法第64条、第70条、第126条等の規定の趣旨を没却するに至ることは明らかである。右の考えは現行法上採用するに値するものということはできず原告の右主張は失当である。

7  以上のように、被告各装置は本件発明の構成要件(6)(イ)を充足すると認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく本件発明の技術的範囲に属するものとはいえない。

3 よって、被告各装置が本件発明の技術的範囲に属することを前提とする原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(牧野利秋 裁判官川島貴志郎 同大橋寛明は転補の為署名押印することができない。牧野利秋)

<以下省略>

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